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Pen Mightier Than Passion
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ちょっと今回はちゃんと意味がとれているか不安。

脳については去年やってたんだけど、細かいところは忘れた。

だから、もしそういう意味じゃないんじゃないの。

という指摘がございましたら、お願いします。


以下、本文抜粋

~~ここから~~

Angry or upset? Try picking up a pen. According to psychologist Matthew Lieberman, most people don't think of writing as a way to calm down. "When you look at the brain, it looks a whole lot like emotion regulation is going on when people put feelings into words." Lieberman spoke on February 14th at the AAAS annual meeting.

Lieberman scanned subjects' brains as they looked at pictures of people with either positive or negative facial expressions. They were sometimes asked to label the emotion—which lit up the right ventrolateral prefrontal cortex, a brain region associated with self-control. "Only when people are putting the feeling state into words do we see activity in this right prefrontal region. And what we've also seen is the more that region is activated, the less activity you see in a variety of limbic regions that are typically associated with affective or emotional processing."

But be warned, labeling your feelings dampens all emotional responses. Even the happy ones. How do I love thee? Well, maybe I shouldn't count the ways.

—Adam Hinterthuer

~~ここまで~~


つまり、文字で書くことで情動に関わる脳の部位が働いて、その情動を抑える(鈍らせる?)よってこと?

あってるのか?

頭にきたり、混乱したときには、書けばそれが落ち着くよってのが1パラだよね。

で、3パラ(ピンクの部分)は、幸福についても文字として書くことで、感情が薄れちゃうから止めたほうが良いよ、ってことを言っているんだよね?

多分、大丈夫だ。うん……。

3パラは思わずピンクにしたけども、面白いね。

僕は幾通りの愛し方で君を想っているだろうか。

かたすぎるな。

これはエリザベス・バレット・ブラウニングの「How do I love thee?」からとったのかな?

だとすると、僕が君をどれくらい愛しているか、その数を数えてみよう。

って感じか。

そう言って、あれとこれとそれと……

って本当に羅列して(数えて?)、しかも文字におこしてしまうと、その感情が薄れてきちゃうよ、ってことだよね。

だからタイトルどおり、愛の言葉はささやけと言うことですね。

詩にしたためたり、日本の古典文学のように愛の短歌なんて書いてちゃだめってことですか。

でも、和歌っておもしろいぜ?

いわゆるなんちゃら和歌集とか伊勢物語とか、なんでも良いけど、

あの時代の和歌は天才的だよね。

返し歌が逸出だよね。

伊勢物語といえば、九十四段が大好きだな。

以下、抜粋。

~~ここから~~

昔、おとこ有けり。いかゞありけむ、そのおとこすまずなりにけり。のちにおとこありけれど、子あるなかなりければ、こまかにこそあらねど、時ゞ物いひをこせけり。女がたに、ゑかく人なりければ、かきにやれりけるを、いまのおとこのものすとて、ひとひふつかをこせざりけり。かのおとこ、いとつらく、をのがきこゆる事をばいままでたまはねば、ことはりとおもへど、猶人をばうらみつべき物になむありけるとて、ろうじてよみてやれりける。時は秋になむありける。

秋の夜は春日わするゝものなれやかすみにきりやちへまさるらむ

となむよめりける。女、返し、

ちゞの秋ひとつのはるにむかはめやもみぢも花もともにこそちれ


~~ここまで~~


つまり、男2人と女の話だね。

詳しくはまぁググってください。

男2人は前の夫と今の夫。

前の夫が、和歌を送る。

秋の夜というのは春の日を忘れてしまうものなんだろうね。ああ、だから霞より霧が千重にまさっているのだろうか。

それに対して、返し。

いくつもの秋の日々があったとしても1つの春に勝るかしら。紅葉も花もどちらも散ってしまいますよ。

はい。ここまではただ表面上の意味をとっただけ。

では、それに込められた意味とは?

まずは男の方。

今の男がいる夜は、前の夫のことなんて忘れてしまうものなんだよね。ああ。今の男のほうが僕よりもずっと優れているのだろう。

つまり、春=昔の男、秋=今の男という比喩ですよね。

後半の霞と霧はいわゆる縁語(?)ってやつですね。

春といえば霞、秋といえば霧、っていうのは和歌でよくでる表現法です。

ここでは男は自分を卑下して、どうせ今の男の方が良いんでしょ? って言ったわけ。

さて、対する女の方。

たとえ何人もの人がいても飽きが1人の方に勝るというのでしょうか。秋になれば紅葉と共に花(春に芽生えた想い)も散ってしまうのです。

最初読んだときは感動したよ。

この返しは素晴らしい。

昔きちんと読んでいたときに作ったノートが手元にないので、より深いところまで掘り下げられないのが残念で仕方ない。

私の今の知識だとこの和歌の凄さがいまひとつ伝えられない。

あ、待った。

分かったよ。

男なんて、みんないつかは飽きて去っていってしまうものなんですよ、ってことか。

逆か。何人の男がいようとも、飽きがくればそれまでってことか。

紅葉(秋=今の男)も花(これは桜だろうね。春=昔の男)と同じように、長くは咲き続けられずに、いつかは散っちゃうのよ。

って卑下してきた男に対して、こちらもジョークっぽく言ったわけか。

やっぱり見事すぎる切り返しだろ。



なんか後半無関係な話になった。

まぁ良いや。

じゃあ、また。


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2009.02.24 Tue l テキスト(ノンジャンル) l COM(0) TB(0) l top ▲

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