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お題「楽器」「蜘蛛」「見えない」

最近、天気悪いな。

今週もほぼ雨なのかな。

オチはどっちにするか迷った末、こっちになった。

どうぞ。
床どころじゃない。

部屋中埃だらけ、蜘蛛の巣も山ほどあるらしい。

そんな不衛生な部屋にいるのには理由がある。

僕は目が見えない。

生まれつき、ではない。

数年前、事故で視力を失ったのだ。

それからは絶望だった。

寝ても醒めても真っ暗。

何もやる気が起きなくなって、部屋にこもりがちになった。

誰とも会わなくなると、必然的に声が枯れてしまうらしい。

僕の目と口は、もはや機能する必要がないかのように、きつく閉じられている。



と、まだ機能している耳が何かの音をとらえた。

これは何かの楽器だろうか。

外から美しい音色が聞こえてきたのだ。

思わず、僕は窓から身を乗り出した。

もちろんこちらから姿は見えない。

しかし演奏者はこちらに気づいたらしく、ぱたりと演奏をやめてしまった。



「……あ、すみません。うるさかったですか?」



女性の声だった。

少し高めで、鈴の音のような可愛らしい声。

彼女の声そのものが楽器を奏でているかのようだ。

「……」

何も言わない僕を不審に思ったのだろうか、それとも単なる興味本位だろうか

彼女が近づいてくる気配を感じて僕は怯んだ。

「すみませんでした」

どうやら彼女は自分の演奏で僕が迷惑していると勘違いしているらしい。

それは違う。

僕は、彼女の演奏に心打たれ、それをもっとよく聞きたいと思ったから、こうして身を乗り出したのだ。

それを伝えなくては。



「………………い」



声、というのはどうやって出すものだったのだろう。

他の人間たちは、こんなにも難しいことを無意識のうちにやってのけるのか。

いや、もうずっと前のことになるが、僕も無意識に声を発していたではないか。



「…………い、や、迷惑じゃ、ない。よ、ければ、もっと、演奏、を」



途切れ途切れではあったが、なんとか言葉を紡げたらしい。

彼女の表情をうかがうことはできないが、奇人あるいは変人、もしくは狂人を思われているかもしれない。

そんな不安がありありと顔に出たらしく、彼女はくすっと笑みを零すと、

「いいわ」

と答えてくれた。

それから僕の目の前で演奏を披露してくれる。

楽器の正体はフルートだった。

目では見えなくとも分かる。



こんなにも美しい存在を僕は知らなかった。





それから毎日のように彼女は演奏をしにきてくれた。

おかげで僕は少しずつ人間らしさを取り戻してきたらしい。

言葉もある程度滑らかに出てくるようになったし、僕の事情を知った彼女が部屋の掃除や食事などの世話をしてくれるようになったのだ。

完全なる他人で僕とは無関係の彼女に、そのような苦労をかけるのは申し訳なかったが、

彼女と一緒にいる時間はとても幸せで、僕は彼女の申し出を断りきれなかった。



そうした日々が数ヶ月続いた頃、奇跡が起きた。



今日も僕は彼女の演奏に恍惚として聞きほれていた。

ああ。彼女はいったいどんな人なんだろう。

この目で、彼女を捕らえたい。

けれど、僕には、見えない。見えない。見えない!

どうして、どうして、僕には!

だが、神は決して僕を見捨てたわけではなかった。

突然、真っ暗だった目の前が真っ白になったのだ。

久しく忘れていた眩しいという感覚だ。



彼女は言葉を忘れた口を元に戻してくれただけでなく、

光を忘れた目をも元に戻してくれようというのか。



ああ。彼女こそがまさしく女神に違いない。

美しい音色の中、僕の視界がぼんやりと開けていく。

その音色を紡ぎだす彼女の桃色の唇が、

彼女のころころとした愛らしい声を発する唇が、僕の視界に移りこむ。

そして遂に彼女の笑顔が――。










今度は記憶を失いたいと切に願った。



完。


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2009.02.23 Mon l 三題噺 l COM(0) TB(0) l top ▲

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