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お題「バイオリン」「地図」「カレーライス」


時間をかければ、そこそこ面白くなりそうな設定。

50分ではこれが限界。

では、どうぞ。
とある時代。

とあるところ。

ここに、一風変わった飲食店があった。

出されるメニューは、カレーライスのみ。

流れるBGMは、バイオリン演奏のみ。

そんな飲食店の名は「アトラス」(注1)。

ギリシア神話の巨神の名前であるそれに違和感を抱く客は少ない。

けれど、その店名には彼と彼女のとある思いが込められている。

アトラスとは天空を支える者。

アトラスとは重荷を背負う者――。





数年前、大陸を沸かせた音楽がいた。

彼女はその天才的な技術、さらには生まれ持った感性によってあらゆる楽器を演奏することができた。

中でも、彼女のピアニストとしての才は素晴らしかった。

ピアノ演奏のオファーが止まず、いざ演奏会となると、会場に入れない者が数多出たくらいだ。

彼女は大陸を渡り、時には海を渡り、その演奏を世界中に響かせた。

そんな彼女だったが、ある日突然音楽界から姿を消す。

事故にあっただの、自殺しただの、恋人と駆け落ちしただのという推論が飛び交い、一時は話題を独占した。

しかし、それも過去の話である。

彼女は今、とある飲食店で演奏者をやっている。

ピアノ、ではない。

彼女はバイオリンを演奏している。

しかも、質の良いバイオリンではない。

かなり古ぼけ、何度も修理を行ったバイオリンだ。

こういう言い方をすると非難を浴びるかもしれないが、

彼女は自らの腕に見合ったバイオリンを用いるべきだと思わざるを得ない。

けれど、彼女はそのバイオリンを手放さない。



それは、彼女の母親が残した唯一の形あるものであった。



彼女は母子家庭に育った。

母と弟の3人暮らし。

家は貧しかった。

だから彼女は音楽学校には通えず、ほぼ独学で音楽を学んだ。

音楽家として成功をおさめたころには、既に母の寿命は近かった。

若いころから姉弟のために働きすぎたためだろう。

音楽家として得た名声も、賃金も、母の命を救う糧にはならなかった。

その母の死後、彼女は母の部屋で1枚の手紙と“あるもの”を見つけることになる。

そこにはこう書かれていた。



誕生日おめでとう。



それは、彼女に宛てられた母からの手紙だった。

彼女は手紙を握り締めて考える。

母から誕生日に贈り物などもらったことがあったろうか。

とても大切な宝物を扱うように“それ”を手に取った。

果たして、それこそがバイオリンであったのだ。

弟によると母は病床に伏す前に、こつこつと貯めていたお金を使って彼女のためにこのバイオリンを買ったらしい。

しかし、母がバイオリンを手に入れ、いざそれを彼女に贈ろうとしたとき、

彼女は既にピアニストして成功をおさめていたのである。

結果、母は彼女にバイオリンを贈れなかった。

そうして残されたバイオリンが、ようやく彼女の手に渡ったのである。

そのバイオリンを奏でながら、彼女は思い出した。

幼い頃、テレビに映った有名なバイオリン奏者の演奏を見て、ぽつりと

「大きくなったら、こんな人になりたい。こんな風に音楽で誰かを感動させる人になりたい」

と言ったことを。

母はそれを覚えていたのだろう。

彼女は涙を流しながら誓った。

今後は、バイオリン奏者として生きていこう、と。





数年前、小さな店であったが頻繁に取材を受けた店に腕の良い料理人がいた。

彼に料理の才能はなかった。

包丁を使えば指を切り、野菜を炒めればフライパンを焦がし、母によく心配をかけたものだった。

けれど、文字通り血の滲む努力の末に技術を取得し、苦心に苦心を重ねてようやく自分の店を持つことができた。

中でも、彼はカレーライスが得意料理であった。

無論、カレーライス以外も美味しいと評判ではあったが、彼の店に来る客の大半がカレーライス目当てであった。

彼は田舎の静かな町で、カレーライスが人気の店の店主として働いていた。

そんな彼は、ある日突然カレーライス専門店へと店の姿を変える決意をする。

なぜ他の料理を出さないのか、とかつての常連客からは幾度も聞かれたが彼はそれに対して苦笑を返すだけだった。

カレーライス以外を彼は作らない。

店のメニューは減った。

けれど、従業員は増えた。

これまでは彼1人で店を動かしていたが、今は違う。

1人のバイオリン奏者がそこに加わった。

果たして、それは彼の姉であり、弟である彼が嘆息するほど超一流の音楽家である。

さて、彼は従業員を増やすと同時にメニューを減らしたわけだが、彼がカレーライスしか作らなくなったのには理由がある。



それは、彼女の母親の大好物であった。



彼は母子家庭に育った。

母と姉の3人暮らし。

家は貧しかった。

だから彼は母や姉に苦労かけないように、自分のできることを模索した。

母は夜遅くまで働いているし、姉は朝から晩まで音楽の勉強をしている。

彼は姉が才能ある音楽家であることをよく知っていたし、必ず成功すると信じていた。

だから、一番時間を持て余している自分が家事をやることに決めた。

炊事・洗濯・掃除……。

初めはどれも大変だった。

けれど、次第に上手になっていく。

中でも苦労したのは炊事だった。

いかんせん彼は不器用で、たびたび怪我をした。

そのたびに、母や姉から心配され、彼は意気消沈したものだ。

彼が初めて作った料理はカレーライスであった。



そして、それは母が初めて「美味しい」と言ってくれた彼の料理でもあった。



母は度々、彼にカレーライスを作って欲しいと頼んだ。

病床に伏した母を前にして、彼は幾度も問うた。

「何か食べたいものはないか?」

と。

料理人になった彼には、母の食べたいものを作ってあげられる自信があったのだ。

そう聞くと母は決まってこう頼んだ。

「カレーライスが食べたい」

果たして、母の最後の晩餐は彼のカレーライスになった。

姉によると、母は彼のいないところでも、いつもいつも彼の料理の腕を褒めていたという。

中でもカレーライスが美味しい、あの子のカレーライスほど美味しいものはない、と言っていたらしい。

母が最後のカレーライスを食べている姿を見ながら、彼は思い出した。

幼い頃、食卓に出された母のカレーライスを食べて、ぽつりと

「大きくなったら、これより美味しいカレーライスをお母さんに食べさせてあげる」

と言ったことを。

母はそれを覚えていたのだろう。

彼は涙を流しながら誓った。

今後は、カレーライスだけを作っていこう、と。





とある飲食店があった。

店の名前は「アトラス」。

そこの演奏者は今日も“何か”を背負ってバイオリンを弾く。

そこの料理人は今日も“何か”を背負ってカレーライスを作る。

2人は今日も“何か”を背負って客を迎える。



完。

(注1)昔の地図帳の巻頭に天球をになうアトラスの絵があったことから、「atlas」を地図帳と訳す場合がある。



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2009.02.08 Sun l 三題噺 l COM(0) TB(0) l top ▲

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