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お題「パン」「山羊」「秘密」


手抜きだな。

うん。すみません。

どうぞ。
「パンがなければ、お菓子を食べれば良いのに」

かつて、そう言ったとされる人物がいる。

マリー・アントワネットである(注1)。

そして、ここにもそんな王妃がひとり……。





「パンがないのでしたら、ケーキを食べれば良いんじゃないかしら?」

これは冗談なのか、はたまた本気なのか。

それを判断するには彼女の表情は純真過ぎた。

家を捨て、僕と共に“駆け落ち”した、かつての貴族の令嬢には、いわゆる常識というものがすっかりかけていたのである。

「いや。だから、パンがなければケーキもないんだけど」

「あら、そうなの――」

後半は彼女のお腹の音でかきけされた。

恥ずかしそうに俯く彼女を見て、僕の頬は自然と緩む。

「一応、飲み物ならあるから、これでも飲んで」

僕はやっとこさ手に入れたコップ一杯分の山羊(注2)のミルクを暖めて彼女に差し出した。

転々と各地を移動しながら、手当たり次第に職を探して小銭を稼ぐ毎日。

そんな次第であるため、お金を充分に持ち歩くことなど考えれないのである。

では、なぜ一箇所に留まらなって生きようと思わないかと言うと、それにはとある秘密がある。

それがつまり、上記の“駆け落ち”なのである。

「え? ですが、あなた様は……?」

「僕は大丈夫。お腹一杯だから」

数週間ほど前に手持ちのお金と住む家を失った僕にとって、空腹なんて手慣れたものだ。

……無論、強がりである。

しかし、僕の都合で(少なくとも僕はそう感じていた)彼女をあの家から連れ出したわけだから、

彼女に苦労をかけてはいけない。

そう。

僕らの“駆け落ち”は、僕が彼女を連れ出したことにある。

貧民の僕と、令嬢の彼女。

身分の違いは大きい。

僕らが結ばれるためには、それしかなかった。

だから、僕は決心したのだ。

彼女と共に生きようと。

その結果、このように悲惨な生活をしているわけだが、

彼女はそんな生活を強いられても、笑顔を絶やしはしない。

「辛くない?」

「はい」

そう聞くと、彼女は必ず即答する。

そんな顔をされると、聞いた僕が間抜けに思えてくる。

僕は誓う。

彼女を幸せにできなければ、僕という存在に価値はない。

人生全てをかけるくらいの覚悟であの日、彼女を盗み出したのだ。

たとえ僕の胃袋が空っぽになろうと、僕の身体が傷だらけになろうと、僕の衣服が剥ぎ取られようと、僕の臓器が停止しようと、

彼女だけは、満ち足りた存在でなければならない。





しかし、実際はそれでは不充分なのだろう。

彼女が満足するには欠けてはならないものがある。

それは、もしかすると僕の都合の良い解釈なのかもしれないし、

単なる僕の願望なのかもしれない。

けれど、彼女はきっと濁りのないまっさらな笑顔で言うはずだ。





「私には、あなた様しかおりませぬ」(注3)

と。



完。



(注1)実際には議論の余地がある。ルソーの「告白」(1766年)の中で、彼は以下のように書いている。
“大公婦人が農民はろくにパンが食べられないことを聞いて「Qu’ils mangent de la brioche.(それならブリオッシュを食べさせなさい)」と答えた”
ブリオッシュとは最上級の菓子パンのことで、「大公婦人」はパンといったらそもそもこれしか知らなかった。つまり、この言葉は「農民もパンが食べられるような善政をしなさい」という意味であったと思われる。したがってこれは農民に対する親切心の表れで、ルソーもそのつもりで引用している。
ちなみに、「大公婦人」=マリー・アントワネットということはもちろんどこにも書かれていない。

(注2)ちょっとずるい気もしますが、「羊」を用いたのはここ。

(注3)当ブログの作品を幾らか読んでいただいている方には分かると思いますが、この作品は数日前に書いたものの後日談になっております。


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2009.02.07 Sat l 三題噺 l COM(0) TB(0) l top ▲

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